淡路島・洲本八狸物語

洲本市街地活性化センター
八狸委員会

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 夜回り武左衛門(ぶさえもん)


三熊山(みくまやま)の弟のような曲田山(まがたやま)を、ちょっとだけ登ったところに、汲江寺(きゅうこうじ)という禅寺があった。その汲江寺の通じる石段のあたりのほこらに、武左衛門狸が住んどった。

禅寺のおしょうさんのおつとめが終わるころ、すっかり日が暮れる。それからが、武左衛門の仕事が始まる時間なのじゃ。
ちょっぴりお酒を飲んでほろ酔い気分の武左衛門。
まーるいおなかをつきだして、
ぽーん ぽーん ぽぽぽん ぽん
と、調子よくたたくと、たちまち役人に早がわり。

「ひとまわりしてこうよ。」
と、かみさんと子どもにひと声かけるとな、

ひょい ひょい ひょい

と、足取りもかるく石段をかけおりた。

石段をおりた所に夫婦地蔵(めおとじぞう)が寄りそうように立ってらっしゃる。武左衛門ほ、お地蔵さんに、

「おばんです。いつもありがとな。」
と言って、頭をちこんと下げよった。
お地蔵さんはいつもかわらぬ笑顔で武左衛門を見送った。
地蔵さんから武家屋敷通りへ出るあぜ道いっぱいに、まんじゅしゃげが咲いとった。 武左衛門は、まんじゅしゃげの花を一本取るとふところに入れてな、
ひょい ひょい ひょい
ひょい ひょい ひょい
と、まんじゅしゃげのあぜ道を飛ぶように通りに出たんじゃ。

「まずこの屋敷からと。かんぬきよし、錠前よし、くぐり戸よし、火の用心は…と、これもよし。
こんな家ばかりだといいんじゃが。
おやおやこの屋敷はどうじゃ。くぐり戸が閉まっとらんじゃないか。」
武左衛門は、ぶつぶつ言いながらくぐり戸 をばたばたさせた。
音にびっくりした門番はあわてて飛び出して、くぐり戸を閉めた。

「あすは忘れんなよ。」
と、武左衛門はちょっといばってみせて、隣りの屋敷へ、

「なんや、かんぬきを差しただけじゃないか
ゆうべもその前の晩も怒っといたのに、わしが毎晩見回るからいうて、おうちゃく しとんな。
よーし、今夜は、わしのとっておきの術を使こうて、こらしめてやるか。」

と、腕まくりした武左衛門、門戸の錠前をがちゃりと閉め、くぐり戸も外から棒をたてた。それから着物の後ろをからげたかと思うと、しっぽを出し、ぴーんと空に向け、ふところのまんじゅしゃげをちぎって散りばめた。それからそのしっぽを、びゅわーん、びゅわーんとゆっくり回し始めたんじゃ。
すると、不思議や不思議、武左衛門は消え、そこらあたり炎で真っ赤になった。

「うわぁー、火事やー。」
「えらいこっちゃ。」

中から、家の者が飛び出してきたが、外へ逃げ出すにも逃げられず、怖さに腰が抜けて立つこともできん。ところが、ふと気がつくとあんなに騒いだ炎のかげも形もない。
「武左衛門にやられたか。」
気がついたがもう遅い。朝までそのままへたリ込んでたんじゃ。


そのうわさを聞いた町の人たち、しばらくは戸じまり、八の用心もきっちりできとったらしいんやが、それでも武左衛門、一日も休むことなく、夜回りを続けとった。
そんなある日のこと。

「どこの家もきっちりと戸じまりしてくれとるから、夜まわりも楽なもんじゃ。」
いつもの通り、ほろ酔いきげんの武左衛門。
ととさんの名は〜〜 ちてとててん
阿波の十郎兵衛と申しま〜すう
して かかさんの名は…ぺんぺんてん
得意の浄瑠璃を語り始めたその時、

「父ちゃ〜ん、助けてー。」
「ありゃ、うちのちょろ助じゃ。」
「父ちゃーん。」
わんわんわん、わん、わん。

武左衛門、さっと狸にもどると、声が聞こえる方にすっ飛んでいったんや。
ちょろ助は、桑原邸の門の前で、若侍にだかれとった。

「この子狸が犬に襲われていたので助けたのじゃ。
犬はもう追い払ったからな。」

ちょろ助をそっと武左衛門の横に下ろして、 若侍は屋敷の中に入っていった。

「いつか恩返しさせていただきます。」
武左衛門は門の前で何度も頭を下げたんや。


ちょろ助は、武左衛門のしっぽにつかまって歩いた。
「父ちゃんかっこええから、
ぼくまねしたかったんよう〜。
えーん、えーん、うぇーん。
うしろずっとついて行きよってんけんどな、父ちゃん、見えんようになってな。
ほんで犬がなー、犬がなー。
えーん、えーん。」
「もう泣かんでええから…。
あ、よかった、よかった。」

武左衛門は、立ち止るとちょろ助の頭をなでた。

「あのな、ちょろ助。父ちゃんと母ちゃんは、子どもがほしいてな。地蔵さにお願いしとったら、おまえが生まれ たんじゃ。」
「…。」

そう言うと武左衛門はちょろ助をだきあげ た。

「ちょろ助は、父ちゃんと母ちゃんの宝物や。」
「父ちゃん、母ちゃんが心配しとるわ、走って帰ろうよ、ぼく走れるで。」
「なんや、いま泣いたちょろ助、もう笑うた、やな。はっはっはっはっ。」
「えへへ。」

それからしばらくしてな、武左衛門の夜回りに、かわいいお供がくっついて歩くようになったんやて。

物語作者:木戸内福美(キドウチヨシミ)