淡路島・洲本八狸物語

洲本市街地活性化センター
八狸委員会

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 台場のお松


お松が城山に来たのは、夏も終わる頃やった。 柴右衛門が芝居見物の帰りに、迷子になって泣いていた子狸を連れて帰ってきたんじゃ。

「なんぼ聞いてもあっちから来たと言うだけて、泣いてばかりおってな、かわいそうやから連れてきたんや。」

「親を探して歩き回ったんじゃろ。足がどろだらけじや。
おう、かわいそうになぁ、親が見つかるまでここにおいてやろうよ、おまえさん。」

柴右衛門の女房のお増は、子狸の足を洗ってやってな。朝、掘ってきた山芋を小さく切って、

「ほら、ほら、腹へったやろ。
芋でも食べような。」
と言うて、子狸をひざにだっこして、口に入れてやった。

ふんふん泣いていた子狸も、小さい口をも ぐもぐさせて、お増のひざでにっこり。

「なんてかわいい。器量のいい子だね。 名前は、なんていうの。」

子狸は、お増の耳のそばに顔を近づけてな、

「お  ま  つ」

って、ちっこい声て言うた。

「お松かい、いい名前じゃ。今日からお松は、うちの子じゃ」
お増は、お松の頭をなでながら言うたんやて。


お松はこうして、柴右衛門とお増に育てられて、すくすくと大きくなっていった。

お松は器量がいい上に、歌や踊りがとてもじょうずなので、満月の夜のまつりの人気者だったんや。

なにしろ、お松がそこにいるだけでも、まわりの者の心がほかほかうれしくなるのだからな。

城山だけのまつりだったのに、お松のうわさを聞いて島中の狸が、それぱかりか、浪花や、阿波からもやって来たんじゃ。

城山の真上に満月がのぽるころになると、まつりも大にぎわいになってな。
娘狸は、野の花や、すすき、木の葉を頭に かざり、男狸の腹つづみに合わせて踊りだすんよ。

ぽんぽこだぬきの おまつりだ
みんな みんな よっといで
おどろよ おどろよ
ぽんぽこ ぽん
まんまるおつきさん
わらってる
ぽんぽこ ぽんぽこ ぽんぽんぽん

まつりの歌声にさそわれて、子狸たちも踊 りだす。
ぽんぽこ ぽんぽこ ぽんぽんぽん

満月の夜は、城下町にも、腹つづみの音が 聞こえたそうな。
まつりが終わると、毎日のように、

「お松さんをお嫁にください。」 と言って、島のあちこちから、そして、浪花 や阿波からも、男狸がやってきた。
お増は
「まだ早いから。」
と、ことわり続けたんやけどな。


ある日、円行寺(えんぎょうじ)に住んどった、おわさとい う、仲人さんがやってきた。

「阿那賀港(あながみなと)のよも太夫さんが、たいそうお松さんのことを気にいってな。どうしても、お嫁にほしい、と言うんじゃ。」
「阿那賀港のよも太夫といえば、男っぷりはいいし、お金持ちだし、お嫁にもらってほしい娘は、ぎょうさんおるのにな。
それでも、お松さんでなければと言うてな」

何組も世話したと自慢するおわさのこと、 何度も城山にかよって、とうとうお松をよも太夫のもとへ嫁にいく気にさせてしもたんじ ゃ。

お松の嫁入りは、やはり満月の夜じゃった。柴右衛門はお松に言った。

「お松、きれいじゃよ。おまえの笑顔、忘れんからな。
これからは、阿那賀港のよも太夫さんに、かわいがられや。」

「お松の母ちゃんで、よかったよ。いい思い出をたくさんもらって、ありがとう。」
お増はそう言って、お松のかんざしを直した。

おわさに手をひかれ、しゃなりしゃなリと歩くお松は、青い月の光に照らされて、今まで見たこともないような、それはそれは、美しい花嫁さんじゃった。
見送りにきた城山の狸たちは、花嫁行列が見 えなくなっても、そこに立っとたんじや。



よも太夫は、ひょうばんの美人狸を嫁にして、うれしくて自慢して歩きまわった。
「お松、お松、おまえは働かなくていいから、わしのそばにおればいい。」

お松を、かたときも離さないかわいがりよ うだった。

ところが、根っからの遊び狸、十日もする 、阿波まで遊びにいって帰ってこん日が続 いてな。よも太夫のお父さんやお母さんは、 お松に

「すまんのう。」
と、あやまってばかりいたんじゃ。

「わたしのことは心配せんといて。お父さんやお母さんこそ元気出してな。」
と、とくいの歌を歌ってやったんじゃ。

そんなある日のこと、阿波からもどってきたしんせきのもんが、
「よも太夫に好きなおなごができたらしい。阿波からもう帰らん言うとる。」 と、言うてきた。

その夜、お松は城山あたりの空を見た。まんまる月さんが見えたのじゃ。お松の目から涙があふれてきてよ。

わぁわぁ、声をあげて泣いたんよ。涙がもう出んようになって、空見上げたら、お月さん、真上まできとったんや。

「お松さんの歌や踊りがみたいなぁ。」
と言うて、お月さんがにっこり笑うてくれたんやと。

それでお松はな、城山の狸まつりを思い出したんじゃ。

「お松の踊りを見とったら、母さんの痛い足がしゃんとしてくるんよ。」と言いながら、頭をかざってくれたお増がお月さんと並んで見えた。
(帰ってこーい。お松には、つらそうな顔は、似合わんよー。)

柴右衛門の声が聞こえたような気がした。



お松は、洲本に帰ってきた。
柴右衛門が言うたんじゃ。
「かわいそうじゃが、城山におまえをおくことはできん。台場の近くに、ええすみかがある。
あそこなら食べるものにも不自由せん。」

お増は、
「お松なら大丈夫、友だちもすぐできよる。」
と、手をしっかりにぎって言うた。

城を守るためにある台場は、浜の近くにあった。柴右衛門のいうように、食べ物には不自由せんかった。浜の漁師たちは、

「今日ボラがようけとれたよって、台場の狸たちにもすそわけや。」 と言って、台場の草むらに投げ込んでくれた。漁師のおかみさんたちも、浜に干したいかなごをとり入れる時、狸のために、わざとこぼしてくれたんや。

月夜の晩には、お松は浜に出た。真っ暗な海に月の光が映って、そこだけがきらきら輝 いて見えた。潮のにおいがお松を元気にしてくれたんじゃ。

秋がすぎ、冬がきて、春。

お台場から、いな池の土手にかけて、菜の花が乱れるころ、お松は元通り元気になり、ますます美しくなってな、またまた、男狸が通ってきたが、相手にせんかった。

でもな、
「おまつぁーん、おどり教えてーな。」
「おまつぁーん、いっしよに歌を歌おう。」
と、毎日やってくる小狸たちとは、よーく遊 んでやっていたそうじゃ。

満月の夜は、台場近くの浜から、狸の腹つづみが聞こえてきた。漁師たちが松の木かげ から浜辺をのぞくとな、月の光にてらされ、子狸といっしょにうかれて踊る、お松の姿が見えたそうじゃ。

物語作者:木戸内福美(キドウチヨシミ)