淡路島・洲本八狸物語

洲本市街地活性化センター
八狸委員会

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  柴助


柴助狸はな、柴右衛門の長男で、体は大きくないが、生まれてから病気ひとつせん、いつも動きまわっている元気いっぱいの子狸じゃった。

柴助は、誰にも負けん大きくて太いしっぽを持っとった。赤ん坊の時には、このしっぽで体が見えんほどじゃったそうな。
また、柴助は学びたがりやの知りたがりやだった。


ある日のこと、柴助が神宮寺(じんぐうじ)のそばを通るとな、おしょうさんたちの声が聞こえてきた。
しゃーしゃーしょーしょー
(せみの鳴き声をまねしとるんかいな。)
耳をすませて、よく聞いてみた。
くぅーくぅー ふぅーふぅー
ぽく ぽく ぽく かーん
(おしょうさん、なにやってんのかな。)

そーっと、そーっと、じんぐう寺の庭にもぐりこみ、声が聞こえてくる本堂のそばの石灯ろうのかげにかくれ、中をのぞいて見ると、おしょうさんたちがならんでおつとめのまっさい中、

のうまく さんまんだ ばざらだん
せんだ まかろしゃだ そわたや
うん たらた かんまん
ぽく ぽく ぽく か〜ん
(これがお経というものか。ようし、これを覚えて、城山のみんなをびっくりさせてやろう。)

思いついたらぐ始めるのが柴助、きき耳たてていっしょうけんめい覚えた。それから毎日のように柴助は、夕方のおつとめの時間になるとじんぐう寺へやってきた。

何日かかよかったある日のこと、なんと、本堂の障子がぴたりと閉められお経の声が聞きとりにくい
(もうちょっとで覚えられたのに…。くやしいなぁ)
柴助は、庭にしいてあるじゃり石をつかむと 障子ににむかって投げた。
ぱら ぱら ぱら
障子にあたった音におどろいたおしょうさんたちが、飛び出してきた。
柴助は、いちもくさんに逃げたんやけどな。
「ありゃ、いたずら狸の柴助や。」
「でっかいしっぽが見えたぞ。」
そのことがあってから、柴助は、いたずら狸と言われるようになった。



若い衆になった柴助は、柴右衛門に言うた。

「いたずら柴助のままでいたくない。父さんには化け方教えてもらったが、これから諸国を旅し、修行してりっぱな狸になりたいんや。」
「そりゃ、ええこっちゃ。がんばりすぎんよう修行を楽しんでこいよ。」
「無事で帰ってくるように、母ちゃんは祈ってるからな。」

柴右衛門もお増も、気持ちよく修行の旅に出ることを許してくれた。

柴助は、まず、八十八ヵ所めぐりときめこんで阿波(あわ)に渡った。 そこで、阿波の金長狸(きんちょうだぬき)と出会った柴助、
「どうじゃ、若衆姿に化けて、徳島城のお姫様にどちらが気にいられるか、化けくらべしないか。」
と、金長狸にもちかけたんじゃ。
「この、若僧が。わしを誰だと思とる。阿波では、いやいや、全国でも名高い金長狸だぞ。修行して出直してこい。」
怒られ、断られ、しばらくはしゅんとなった柴助だが、立ち直りも早い柴助のこと。
(修行は 一人…じゃない。一ぴきでも、 できるんじゃ。)
さっそく、若衆姿に化け、徳島城にもぐりこんだ。
そして、城内を散歩するお姫様を待っとった。
しばらくすると、たくさんのお供をしたがえ、それはそれは美しいお姫様が、しずしずと歩いてきた。
若衆姿の柴助は、すたすたとお姫様の前にすすみでたんじゃ。
「これはこれは、お姫様。」
「そなたは、どこの殿御じゃ。なんとりりしいこと。」
「淡路からまいった。」
「それでは、三熊城(みくまじょう)の若様か。」
お姫様は柴助の若衆姿に顔を赤らめた。
「それにしても、これほど美しいお姫様とお会いするのは、始めてじゃ。」
柴助もすっかりお姫様が好きになり、うっとりみとれた。
すると、
「うっはっはっはっ。」
お姫様が大きな声で笑ったかと思うと、お供もろともぱっと消え、なんと、そこには金長狸が立っていた。
「うっはっはっはっ。どうだ、参ったか。」と言うがはやいか、金長狸はさっさっと、いってしまったんじゃ。


(りっぱな狸になるって、
どういうことなんやろな。)
柴助は、わからんかった。

阿波から船に乗り、淡路島を通りこし、兵庫の港についた。
港には、今まで見たこともない船がならん どった。北前船(きたまえぶね)というらしい。
(こんなりっぱな船なら、遠い国にもいくだろう。諸国修行にちょうどいい。)
そう考えた柴助は、船乗りに化けて積荷のかげにかくれてたんじゃ。ところろが、すぐに見つかってしもうた。
「みかけん顔じゃな、新入りか。名前はなんと言う。」
「へい、柴助といいます。」
春風丸と字が書かれた大きな帆をはって、兵庫港を出港した。
港に着くたびに、荷物を積んだり降ろしたり…。はりきりすぎた柴助は、くたびれてぐっすりと眠り込んでしもたんじゃ。
「ああ、よく寝たな。」
柴助が、ふと目をさますと、船乗りたちが柴助を囲むように見おろしとったんじゃ。
あわてて飛び起きたんじゃが、元の狸の姿になっとった。
「へんだとは思ってたが、やっぱり狸か
おまえはどこの狸だ。」
「私は、淡路は城山(しろやま)の柴右衛門の長男
柴助と申します。諸国修行の旅をしております。」
柴助はこのまま海へほうりこまれてもしかたがないと、ぶるぶる震えとった。
「そうか、あの有名な柴右衛門の子どもかいな。心配せんでいい。おまえをわしら船乗り仲間にしたろやないか。
おやじに負けんような狸になれよ。無理して重い荷物運ばんでいい。わしらを楽しませてくれ。
長旅やからからだが疲れるんや。」
柴助は、妹のお松を思った。歌って踊ってまわりのみんなを楽しませていたことをな。 柴助は、かくしておいた葉っぱを頭の上に乗せると、ひょろろーん ぱっと、妹のお松に化けた。船乗りたちは、手をたたいて喜んだ。

みんな みんな よっといで
おどろよ おどろよ
ぽんぽこ ぽん
まんまるおつきさん
わらってる
ぽんぽこ ぽんぽこ
ぽんぽこ ぽん

歌も踊りもにがてな柴助。
そのかっこうがおかしくて、船乗りたちは腹を抱えて大笑い。
「柴助、ありがとうよ。船乗りは命がけの仕事なんじゃ。船の上で腹をかかえて笑ったのは、今日が初めてじゃ。元気、もろうたぜ。」
船頭(ふながしら)のぜん太が言うた。


こうして船乗り八人と狸一ぴきの船旅は続いたんじゃ。
そんなある日

「おーい、柴助。あれが佐渡島(さどがしま)や、狸の仲間に会いたくないか。佐渡にはたぬきがいっぱいおるらしいぞ。」
と、ぜん太が話しかけてきた。
「せっかく、ここまできたんや。私は蝦夷(えぞ)狸に会いにいく。」
「そりゃいい。四国の狸でも、蝦夷まではいってないやろ。
柴助、もうすぐ柏崎港(かしわがきこう)。今夜はびっくりするものを見せてやる。」
柏崎港で荷物の揚げ降ろしがすむと、八人と一ぴきほ、おいしい魚をたらふくいただいた。それから、暗くなった浜に出たんじゃ。
「花火や。」
「花火やぞぉ。」
たくさんの人たちが浜に集まっとった。
(何が始まるのやろ。)
柴助が、あたりを見渡した時、
ぱぱーん ぱぱーん
音といっしょに、真っ暗な空に光の花が咲いた。
ぱぱぱーん ぱぱーん
また咲いた。光の花は空いっぱいに広がっ た。柴助は、あまりの美しさに身動きもできず、空を見上げた。
(これが花火というんか。城山の仲間や町の人たちに見せてやりたいな。)
柴助は、花火の美しさを目に焼き付けた。


柏崎港を出ると、いい風が吹いて北前船は北へ北ヘと走り続けた。
流れのきつい津軽海峡もこえ、もうすぐ蝦夷の函館港(はこだてこう)だという時だった。
うみねこがどこからともなく飛んできたんじゃ。
「よう、春風丸を出迎えにきてくれたのかい。」
ところが、そうではなかった。魚をたらふ く食べたいたずらうみねこは、春風丸の帆でくちばしをみがきにきたのだった。
たちまち帆を穴だらけにして、にゃうーにゃうーて、鳴いて浜の方に飛んでった。
「ありゃ、帆が穴だらけじゃ。」
「もうすぐ、そこに港が見えるのに。」
「とにかく帆をおろして、つくろいましょ。」
帆をおろし、みんなでつくろいかけたその時、柴助はぴーんとひらめいた。
「私に任せてください。」
柴助は帆柱の前に立つと
「あらよっと。」
ひょいと逆立ちをした。
そして、自慢のしっぽをゆらりゆらりゆらした。なんと柴助のしっぽは帆柱にそって上に横に広がったかと思うと、りっばな帆がはられていたんじゃ。
「おみごと。」
「柴助、日本一。」
船乗りたちは、口々に、柴助をたたえてくれた。
こうして柴助のしっぽの帆のおかけで船は無事函館港についたんじゃ。

船頭(ふながしら)のぜん太は、
「しばすけ、ごくろうさん。おまえはりっぱな船乗りだったぞ。
荷降ろしは手伝わなくていいから、蝦夷狸に会って化けくらべでもしてこい。
これから帆の修理と、荷物を積む。明日、陽が沈む前に出港するから、それまでには必ず帰ってこいよ。」
と言うと、柴肋の肩をたたいた。
(蝦夷狸と化けくらベかぁ、うふふ。)
柴助は、はやる心をおさえながら、港のそばの草むらで夜になるのを待った。
函館山の上にまんまるお月さまが顔を出し たんじゃ。
ぽんぽこ ぽんぽこ ぽんぽんぽん
柴助の耳になつかしい腹つづみの音が聞こえてきた。
柴助の心がきゅんとなり、腹つづみが聞こ えてくる函館山に、とぶように登っていったんじゃ。そこに城山の仲間が腹つづみを打っているような気がしてな。
函館山の中ほどの広場で、六ぴきの狸が腹つづみを打って踊ってた。
柴助に気づいた一番大きい狸が近づいてきた。
「おまえは、蝦夷狸と違うな。どこからきた。」
「へい、船に乗って遠い淡路島から修行のためにやってきた、柴助といいます。」
「そうか、わしは、蝦夷狸の松右衛門(まつえもん)。
あそこに踊っているのは、わしの家旅だ。踊って遊ぶのは今夜限り。
明日からは冬に向かって、食べ物探しをするんだよ。
おまえさんはわしに化けくらべをしてほしいのだろうが、そんなひまはないぞ。」
「いいえ、しばらく人間とばかり暮して来たので、狸の仲間に会いたくて。」
「そうか、それなら今夜はわしらと歌っ て踊って、思いっきり腹つづみを楽しんでいくがいい。」
柴助は化けくらべをあきらめ、その夜は、蝦夷狸と明け方まで、楽しくすごしたんじゃ。
そして、柴助はあなぐまからゆずってもらったという松右衛門のすみかに案内された。 「ここに食べ物をいっぱいためこんで、冬の間をすごすんじゃ。もう一か月も すれば雪が降る。」
学びたがりやの知りたがりやの柴助のこと、次から次と、蝦夷の暮らしのことなど、松右衛門にたずねてな、眠くなるどころか目がらんらんと輝いてきたんじゃ。
船頭のぜん太との約束もすっかり忘れてな。

そのころ、函館港では、春風丸が出港する 時がきていた。
「柴助、帰ってこんのう。
蝦夷狸と化けくらべに、夢中になっとるのだろう。また、別の船の便もらって帰ってくるだろうよ。
帰りの便も柴助といっしょやと楽しいのに。」
船乗りたちは、函館山に向かって
「柴助、元気でなー。」
声をそろえて、さけんだんじゃ。

「柴助ー。」
話に夢中になってた柴助の耳に届いたのか、
「あれ、空耳かもわからんが柴助と呼んでる。そや、陽が沈むまえに出港する言うてたんや。」
柴助は、あいさつもそこそこ、函館港にすっとんでったんじゃ。
ところが、春風丸は港を離れてた。
(またいっしょに帰りたかったのに。)
そこにへたり込んだ柴助の肩を叩いたのは、蝦夷狸の松右衛門。
「柴助、化けくらべはできらんが 蝦夷狸と淡路狸、いっしょに化けてみようや。」
きょとんとしている柴助の前で、松右衛門、 ひょいと宙返りしたかと思うとなんと大砲に化けたんじゃ。
「さぁさ、柴助。大砲のたまに化けるんじゃ。わしの大砲にぴったりとあうようにな。」
柴助はわけのわからぬまま、たまに化け、松右衛門の大砲におさまった。

すどーーーん

柴助が飛んでいく先には、春風丸がいた。

「松右衛門、ありがとよ。」

柴助は春風丸に向かって力いっぱい飛んでった。
柴助はこうして、淡路島の城山に帰ってきたんじゃ。

柴助のそれからのかつやくは、柴右衛門の 話を読んでくれや。

物語作者:木戸内福美(キドウチヨシミ)